「 死 体 」


雲一つ無い放射冷却の肌寒い空の下 

駅の隣側ホームにいた一人の男が 

列車に向かって飛び降り自殺を謀った 

それは朝のラッシュ時に起こった 突然の出来事だった

飛び降りた姿を見たワタシは 

目の前で起こった途方も無い現実に

一瞬 頭の中がパニック状態に陥った

勿論 駅にいた人々も騒然としていた


「キキキキキキキキキッッッッ!!!!!!!!!」 


物凄い音を立てながら 列車は急ブレーキをかけた


しかし 間に合う筈が無い 


飛び降りた男の躰は 言うまでもなく悲惨な状態だった

この一瞬の出来事にプラットホームは

突如として見せ物小屋と化したのだ


 

駅員と警官と救急隊員がすぐに駆けつけ 惨たらしい現状を確認した後

数人の駅員が ゴミ袋とダンボールを抱えてやってきた

自殺した側のホームにいた人々は まるで見せ物小屋の醜き奇形者を見るかのように 

ホームに身を乗り出し 初めて見る悲惨に転がった
死体を見つめていた


「うわっ・・・」と言いつつも
死体を眺め 感動している女子高生達

転がっている
死体について 井戸端会議を始める婆婆達

こちらのホームからわざわざ隣側ホームまで 
死体を見にいく若い野次馬達

臭い仁丹を舌でクチュクチュ舐めながら 
死体のことなど目もくれず

ただ出勤時間に間に合うかどうかだけを心配している 禿げたサラリーマン達

そして白い軍手を赤く染めながら ミンチのように散らばった
死体の肉片を

まるでゴミ屑でも拾い集めるかのように ダンボールの中へ面倒臭そうに入れてゆく駅員達は

一人の人間が命を落としたことよりも 次の列車が遅れないかどうかだけを心配している


「えっ・・・何故・・・」 


隣のホームからそれぞれの人間性を眺めていた ワタシの心に疑問の影が過ぎった

それはワタシが知っていた・・・いや・・・信じていた人間としての行動とは

大きく異なった現実に 善の心が戸惑い始めたからであろう・・・



ねぇ なにか違うだろ・・・?


そうじゃないだろ・・・? もっと他に感じることがあるだろ・・・?

人の命ってそんな容易いモノじゃないだろ・・・?

他人だからって命が軽くなるわけなのか・・・? それは違うだろ・・・?

どんな人間であっても その人一人の命の重さは変わらないと思うんだ・・・

そんな風に考えるワタシは間違っているのか・・・?

ただの正義者気取りの偽善者なのか・・・?

一体何が正しい・・・? ねぇ 誰かワタシに教えてくれ・・・

ねぇ・・・ ねぇ・・・ ねぇ・・・ フッフッフッフッフッ・・・




救急隊員が運んできたタンカーには 

血で真っ赤に染まったシーツに包まれた男の胴体と

チョンと切れた生首を入れた黒いゴミ袋が

やけに御行儀良く並べられていた

それは一つの
生命体がただの肉片

すなわち
モノに変わったということの証明

・・・やっぱり狂っているよ・・・この世の中・・・

--- フッフッフッ オレダケジャ ナカッタンダ ---


何事も起こらなかったように 冷たい駅員のアナウンスの声が鳴り響き

プラットホームに列車が まるで芋虫のように重い腹を引きずり

金切り声を嘔げながら到着し 扉が開いたと同時に

勢い良く中にいた乗客を吐き出し そして詰め込まれるようにして

列車の胃袋の中に押し込まれた

動き始めた列車の中 ワタシは駅員達が
死体を乗せたタンカーを

急ぎ足で運ぶ姿を 窓越しに見つめながら思った


「たとえ 自殺した男の躰が破裂し 死のうとも 

自殺を目撃した人々や 砕け散った肉片を見にいった人々が

この世に存在する限り その人々の記憶の中で

自殺を謀った男は生きつづけてゆくのだろう

飛び散り 切断された醜き姿のままで・・・」




--- そしてワタシは敢えて心に確信できたことがある ---



トハ ミナ タニンノ フコウガ ダイスキナノサ・・・


クルッテイタノハ オレダケジャナイ・・・フッフッフッフッ・・・




むせ返る人混みの中でワタシは 込み嘔けてくる含み笑いを必死で噛み殺していた

1994.?.?

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