「葡萄酒」


おぉ なんと真紅の薔薇のように紅い葡萄酒なのだ

まるで悪魔の祭壇に生贄として捧げる 聖者の淨い血のようだ

何かを封印しているかのように 堅く詰め込まれたコルク栓を引き抜き

トクリ トクリ なんとも心地好い音を響かせながら

冷たい氷のような硝子の器に 真っ紅な葡萄酒を注いでゆく



杯呑めば 余りの旨さに心奪われ踊り出す・・・

  こんな気分は初めてだ 葡萄酒が躰の芯まで染み込んでゆく

  なんだか温かい羽毛に包まれながら夢を見ている時のようだ


杯呑めば 躰が火照り 身も心もとろけ始める・・・

  重く閉ざされていた禁断の快楽の扉が

  ギシリ ギシリ 鈍い音を立てながら開いてゆくのを感じる


杯呑めば 心を取り巻く全ての自制心が粉々に崩れ始める・・・

  既に意識は朦朧
(もうろう)とし あらゆる欲望が

  真っ紅な葡萄酒の魔力によって目覚め始めてゆく


杯呑めば 胸の鼓動は狂ったように速くなり 躰は麻痺し始める・・・

  いつしかワタシの意識とは関係なく

  勝手に手は動きだし 硝子の器に葡萄酒を注いでいるのだ




「さぁ 最後の一滴残さず全て呑み乾すがいい・・・」


嘲笑うかのように 鈍色に光る葡萄酒の瓶は

口から紅い汁を垂らしながら ワタシにそう呟いた




今 ワタシの躰の中で何かが産まれ うにょうにょと暴れ蠢いている

深く浸透していった葡萄酒が 欲望という名の無数の蟲となり

血 肉 はらわた そして脳味噌までも喰いちぎってゆくのだ

おぉ なんといい気分なのだ これは快楽というべきなのか?

蟲が躰を喰い散らかすごとに満ち溢れるような

絶頂の快感が 頭から足の先まで駆け巡ってゆく・・・

さぁ もっと喰らえ! もっともっと喰らうのだ!

この醜い目も耳も鼻も残さず喰らえ! 骨の髄まで喰いちぎれ!

そしてその鋭い狂った牙で 萎びた皮膚を引き裂き

紅々と燃え盛る太陽目がけ飛び去り 躰を焦がせばいい・・・


何も悲しむことはない 滅びゆく美しさの中で

ワタシは命を代償に 永遠の快楽を手に入れたのだから・・・

恐れることはない・・・ これがワタシの本望だから・・・

悪魔がくれた永遠の快楽だから・・・ 欲望の果ての姿だから・・・




さぁ 神よ! この狂ったワタシの彷徨う魂を 地獄の底へ叩き落とすがいい!


今のワタシは全ての痛みの悲しみも 快感に感じることができるのだから・・・



---- そして今日もまた 誰かが永遠の快楽を求め

                     禁断の封を開ける音が 街の片隅で響く ----


1993.?.?

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